マグノリア

特撮とか映画とかアニメの話なんかを

今更5月に見たものの話「ムカサリ」「君の名前で僕を呼んで」

 

どもどもです。

不眠症がようやく落ち着き初めまして。約一か月半床についても眠れない現象が続いておりましたが、最近は布団に入ればストンと落ちることができます。

前回の不眠症では薬の力に頼ってしまったのですが今回は自力で乗り切れましたね。寝る前のストレッチが効くのは前回勉強していましたが、今回は寝る前に暖かい物を飲むことと、寝れないときは無理に寝ないことを覚えました。

眠れないときに寝るぞ~寝るぞ~と思って布団に入ると全然寝れないですからね。身の回りのことを片付けたり、本を読んだりしていると案外眠くなってくるものです。

それでも眠れなかったら、寝る場所を変えてみることもいいかと思います。ずっと横になってると布団自体が熱を持ち始めて、それが不快に感じることがあります。僕はそういう時は床で寝るようにしてます。フローリングなので硬いですけど、意外と腰が伸びたりして僕は嫌いじゃないです。何の話でしょうかこれ。

 

 

 というわけで5月に見たものの話を。もう8月ですよ。

江戸怪奇譚~ムカサリ(舞台)

君の名前で僕を呼んで(洋画)

 

江戸怪奇譚ムカサリ

 

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 山路和弘さんの圧倒的な演技にどっぷり浸かれる濃密な1時間半でありました。

山路和弘さんは役者として舞台を中心にテレビドラマへの出演やアニメ、洋画への声当てなどで活躍されています。やはり山路さんといえばジェイソン・ステイサムの吹き替えをほぼ専属で演じられていることが印象深いです。ちなみに山路さんがステイサムの吹き替えを担当されている理由は地声が似ているからだそうで。実際マジで似てるので吹き替えのみ、字幕のみしか見たことない方は是非別のも。

さて、ムカサリですが江戸時代の怪奇もので、呉服屋の娘と結婚の約束を取り付けた武家の息子が一方的に約束を反故にし、いわれのない誹謗中傷にさらされた娘は白無垢を纏ったまま自殺をしてしまう。娘の父親は娘を弔うため故郷に伝わる「ムカサリ絵馬」を奉納する。ある夜、ほかの女性と結婚した武家の息子の屋敷に怪しげな集団が迫ってくる。その中心には白無垢を纏った呉服屋の娘の姿があった…といった具合の物語です。

ムカサリ絵馬がどういったものか、というのは下記を参照ください。

 

ムカサリ絵馬 - Wikipedia

死者の結婚式 「あの世」の幸せ願う山形のムカサリ絵馬師(Yahoo!ニュース) - Yahoo!ニュース

 こちらで言及されていますが、ムカサリ絵馬に生者を描くと死者に連れていかれてしまう、という言い伝えが本作の元みたいですね。

前半は落語のような座り中心の語り、後半は舞台全体を使った体の動きで魅せる演技でして非常に迫力がありました。一人舞台なので優し気な呉服屋の主人や花も恥じらうような呉服屋の娘、短絡的な武家の息子などを瞬時に切り替えては完璧に演じ分けられていて圧巻でした。あの演技を目の前で見られたことは本当にありがたいことであります。声の演技が素晴らしいことは勿論存じ上げていましたが、体を使った演技も本当に素晴らしくて。8月に拝見する予定の「死と乙女」という舞台でも山路さんを拝見できるので今から楽しみです。

落語に近い前半で時代背景や物語の土台である呉服屋と武家の関係が説明されていたので非常に入り込みやすかったのもありがたかったです。

今回の舞台は全体的に落語をイメージされているようで、舞台が始まる前のマクラで山路さん自身のお話から舞台経験のお話があり、落ちも武家の息子が死ぬシーンで終わる切りの良さからも落語と同じ雰囲気を感じました。そういえば時代背景の部分も落語でよくある組み立て方でしたね。

物語自体は因果応報といいますか、呉服屋の娘を手酷く捨てた武家の息子が呪われて死ぬ落ちなのですが、最後のどんでん返しが非常に秀逸でした。訛りが外国の言葉に聞こえるというCMがある位なので納得できるんですが、余りにも下らない落とし方でまさしく自業自得といった感じで。武家の息子が呉服屋の娘を捨てなければ、人の話をちゃんと聞いておけば、もう少し注意深ければ死なずに済んだのでしょうに。

藤沢文翁さんの脚本の面白さもさることながら、やはり山路さんの凄まじさが記憶に深く残っております。地の文…という言い方でいいのかわからないのですがセリフではない部分が序盤はゆっくりとこちらに語り聞かせるように、終盤は物語の急展開に合わせるかのような早口の読み方でありながらしっかりと聞き取ることができ、そのうえ焦燥感を煽るような語り口で。そのうえセリフと地の文では別人のように聞こえるんですよね。声を変えられているわけでもないのに…耳が幸せというしかありません。

今回伺ったのは再演だったのですが、再再演されることがあればまたぜひ伺いたいと思います。

 

君の名前で僕を呼んで

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1983年夏、北イタリアの避暑地。17歳のエリオは、アメリカからやって来た24歳の大学院生オリヴァーと出会う。彼は大学教授の父の助手で、夏の間をエリオたち家族と暮らす。はじめは自信に満ちたオリヴァーの態度に反発を感じるエリオだったが、まるで不思議な磁石があるように、ふたりは引きつけあったり反発したり、いつしか近づいていく。やがて激しく恋に落ちるふたり。しかし夏の終わりとともにオリヴァーが去る日が近づく……。

(公式サイトより)

本当に何もかもが美しいんですよこの映画。

エリオがオリヴァーに惹かれていく描写が本当に本当に丁寧で。

主人公の一人であるエリオは純粋な普通の少年です。変わらない日常に退屈していて、煙草に手を出してみたりとちょっとやんちゃもしていて。そんな彼の前に日常への侵略者として現れるオリヴァー。彼への反発が次第に始めて抱く感情へと変わっていきます。

同性に惹かれ始めている自分への戸惑いと、それでも抑えられない劣情との葛藤が映画が進むにつれてどんどんと大きくなっていって。友達の女の子と付き合ってみたりオリヴァーと二人で湖へ出かけてみたりオリヴァーのパンツに顔を突っ込んでみたり。自分の中の初めての感情に怯えながらも、おずおずと手を伸ばす。やがてその感情を受け入れ、積極的に掴もうとする。自分の中の変化に戸惑う多感な時間がこれでもかと詰め込まれていて。誰もが知っていながらいつかは憧れるような青春の輝きと、相手を求めるからこそのどうしようもない欲望が凝縮されていて。いやまぁ流石に例のアプリコットはやりすぎだと思うけど。

決して純白ではないし汚れた気持ちを抱いているけれど、それでもただ相手を好きだという気持ちに喜びを覚え時に苦しみ自分でも制御できなくなっていく。そんなエリオの気持ちを丁寧に描くことで、綺麗なだけじゃない生々しさがある恋の物語に仕上がっています。

一方エリオが恋をするオリヴァーは青春を過ごす子供ではなく、酸いも甘いも知っている大人として描かれています。まず…どうしようもなくもうエロいの。画面に出てくるたびに大人のフェロモンが爆発しててなんかもう物凄いんですよね。仕事も女性への接し方もパーフェクトで常に余裕があって,その癖卵を割るのが下手くそだったり妙に子供っぽいところに心をくすぐられるものを感じます。オリヴァーは受け流すことも押し通すことも緩急つけて対応してて。

オリヴァーのもう一つの魅力はその狡さだと思います。エリオがオリヴァーを好きになる前にすでにオリヴァーはアプローチを掛けているんですよね。序盤のシーンでのあの触り方はスケベおやじにしか見えない。そしてエリオが自分を好きなっていると自覚してからも決して自分からは動かないんです。緩急をつけてエリオが自分から求めてくるのを待っているんです。本当に狡い。

エリオとオリヴァーの子供と大人としての対比が、この映画の大きな魅力の一つだと思います。

 

そんなエリオの恋物語が繰り広げられる北イタリアの幻想的な風景もこの作品の魅力だと思います。真夏の北イタリアの街並みが浮世離れした美しさで。カラッとした印象のある強い日差しも、生い茂った草木が風に揺れている様も本当に美しいんです。現実の風景なのに絵画を見ているような印象があって。

関係ないんですがアニオタ的には東地和生さん(「凪のあすから」や「花咲くいろは」の美術監督)の美術からも同じような印象を受けます。東地さんの個展の際にキャッチコピーとして書かれていた「光が踊る、物語が聞こえてくる」という言葉は、まさしくこの映画の風景を表しているように思います。

北イタリアの風景はどこまでも透き通るような…光も音も色も全てが輝いていて。その風景がエリオの中の輝くような気持ちを表現しているようで。一方夜や木陰などの影のある絵ではオリヴァーの深さを表現しているように感じます。

 

この映画は、人が人を好きになるということを全肯定してくれる映画だと思います。エリオの思いは報われません。時代が同性愛を受け入れなず、それをエリオとオリヴァーが自覚しているからです。二人がお互いの気持ちを打ち明けても、結ばれても、夏が終われば終わってしまうものなのです。エリオの苦悩には、自分の気持ちが間違っているものだという考えが含まれていたように思います。

だからこそ最後のエリオの父の言葉が印象に残るのです。その気持ちは間違っていないと。痛みを受け入れていいんだと。痛みを忘れるということは、それに付随した気持ちを捨てることだと。だからエリオの父はエリオに語り掛けるのです。オリヴァーを好きになったことを捨てなくていいと。

このエリオの父親の言葉は、ラストシーンの電話にも繋がっていると思います。その電話でオリヴァーはエリオに対して大きな隠し事を白状します。自分には愛する相手がいて、結婚することを。不倫を肯定するわけではありません。ですが、少なくともエリオとオリヴァーが過ごした時間は間違いではないと思うのです。

エンドロール、ただただ泣き続けるエリオの姿が本当に切なくて美しくて、エリオが受け入れた痛みの大切さを感じずにはいられませんでした。

今年見た映画の中でも、色んな人に見てほしいと心から思える一本でした。

 

ただね…正直一番言いたいのは映画の内容も最高なんだけどそれ以上にティモシー・シャラメ演じるエリオが美しすぎてヤベェよって話なんですよ。話の落差がひどい

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もう美の化身ですよこれ。造形も演技力も何もかもが神の奇跡だとしか思えない。天は二物を与えたもうた。正直ティモシー・シャラメを見るためだけでも十分価値がある。静止画じゃ伝わらないものを感じ取っていただきたい。

 

ちなみに吹き替え版はまだ見てないんですが、主演の二人を入野自由さんと津田健次郎さんが担当されております。無敵。しかもエリオの両親は星野充昭さんと沢海陽子さん。無限大に無敵。声優さんのオタクなので今あげた方々の演技も色々と聞いてきているんですが、エリオを演じる入野さんのイメージが全くつかないもので非常に期待しております。津田さんのオリヴァーはなんとなくイメージはつくんですが、湖のシーンや最後の電話のシーンのトーンが気になるものです。というかあの両親を演じる星野充昭さんと沢海陽子さんですよ…最高じゃないですか…

ところで予告版は櫻井孝宏さんがナレーションをされていたんですが本編には出ないんですかね?

 

本当は劇場版仮面ライダーアマゾンズの話も書きたかったんですがアマゾンズは単独で書きたくなりまして。ドラマを見直してから書こうかなぁと。本当でござるかぁ?

まぁ書く気になったら書くでしょ。ではまた。