マグノリア

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ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリスを見た話

どもどもです。

 半年以上ぶりの更新ですかね。4課連続で旅行記なんざ書くもんじゃねえな完全に飽きてました。

まぁ気が向いたときにちょこちょこと書ければいいですかね、って感じで今回は図書館のドキュメンタリー映画の感想です。

 ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス


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ニューヨークにある世界でも有数の規模を誇り、観光スポットとしても有名なニューヨーク公共図書館(NYPL)の舞台裏に迫るドキュメンタリー映画です。

図書館の仕事と聞くとと本の貸し出し以外に何があるんだと思いませんか?僕は思います。最近は図書館に足を運ぶことも減りましたが昔はよく行ってましたね。幼いころは暇つぶしや児童文学を借りに、中学や高校の頃は勉強の気分転換に、大学の頃には調べものにとそれなりに行ってましたが、それでも本の貸し出し以上の仕事があるようには思っていませんでした。まったく関係ない話ですが小学校の頃に読んだ緑の森の神話って本が面白くてね…冒険ものっていうか異世界ものとしてよくできてるのに加え子供心に社会問題に関心持つきっかけにもなって…あの頃にあんな極まった悲恋の物語読んでしまったから性癖ねじ曲がってんのかな俺…何の話だ。

加えて3時間以上というなかなか見ない上映時間に驚愕し、(3時間も図書館の何流すんだ…?)と訝しみつつ好奇心で見に行ったのですが、正直めちゃくちゃ面白くて度肝を抜かれました。

一言で言うと…えーと…頭のいい映画でした。頭悪すぎねえか俺。

 

まず驚かされたのは自分がイメージしている図書館とNYPLが全く違ったことです。冒頭にも書きましたが図書館は誰でも本を借りられる場所であり、色々な知識が本という媒体で保管されている場所というイメージを持っていました。しかしNYPLの活動は本の保管だけに留まりません。例えば作家を招いてのトークショーをはじめとする本という媒体以外で知識を広める活動、ルーターの貸し出しや高齢者へのパソコン教室といった時代のデジタル化への対応、ダンス教室や地元住民の会合を開きコミュニティを作る活動…本当に様々な活動を行なっています。作中であった「世界がデジタル化すればするほど図書館の重要性が増す」という考え方はまさに目から鱗でしたが、確かにその通りだとこれらの活動を見て思ったものです。

特に興味深かったのは聴覚障碍者が舞台を楽しむために手話で役者の言葉を伝えようという試みです。ここ最近舞台を鑑賞する機会が増えてきたのですが、確かに舞台は障碍者に優しくないコンテンツだと思います。字幕もなければ台本やDVDを販売する機会も少ないため、音が聞こえない、目が見えないといった障害への対応が不十分なコンテンツだと感じています。しかし手話であれば聴覚障害者であってもセリフを知ることができます。実際に手話も作中で披露されましたが役者のセリフに合わせて全身の動きの勢いや大きさを変える技は迫力があり、同時に言葉に込められた感情を相手に伝えるという難しさを改めて感じました。

「本の貸し出しを行う」以上の活動の広さに関心されられたり、「誰に対しても開かれている場所」という意味をあらためて考えさせられたりと非常に勉強になりました。

 

一方で、図書館がそういった場所である為の活動は非常に難しいものだとも知りました。

例えば予算。NPOから資金を提供されている(ここはニューヨーク市かもしれないです…ちょっと記憶があやふやなので)NYPLはいかにして自分たちの活動が地域にとって必要であり、また成果を上げているかを示すことが非常に重要となっています。作中では予算会議の場面で、多くの市民が読みたいベストセラーと本当に保存するべきものは違うという話がありました。利用者数を安易に増やすことが正しいわけではなく、知識を保管する場所として何を残すべきなのか。一方で利用者がいなければ保管するべき知識を保管するだけの資金も得られない。大きなジレンマだと思います。

また例えば市民の感情。前述しましたが図書館はすべての人に開かれた場所である以上、利用者間の問題もあります。作中ではホームレスの図書館利用時の問題が取り上げられており、他の利用者がホームレスから距離をおいていること、不満が届いていることが議題として取り上げられていました。図書館は利用者に明確な線引きをしてはならない以上、その問題はこれからもつきまとうのだと思います。

こういった会議の場面が本当に面白かったのもこの映画の好きな部分です。参加者が繰り広げる会話は情熱を感じられますし、そういった問題に真摯に向き合う姿勢やアイデア一つ一つに感心させられます。いや本当に皆頭が良すぎて刺激的すぎる。

 

映像の美しさもこの作品の魅力です。NYPLは多くの分館を持っており、それら一つ一つに違いがありそれを見ているだけでも楽しめます。書架に収めてある本の背表紙がこれまた色鮮やかで目を引かれるんですよね。NYPLで行われるトークショーの舞台やパーティーの飾りつけも洗練されていて、映像だけでも見ていて飽きません。

またいろいろな媒体で切り取られたニューヨーク市民の生活しか知らない自分には、本当にただ「日常」を過ごす彼らの姿に知らない世界を垣間見るようなワクワク感もありました。ニューヨークの季節ごとに色を変える街並みも新鮮で、NYPLを訪れる多くの観光客の姿も非常に印象的です。

 

自分の知らない世界を知ることが映画の魅力…ということを誰かが語っていたのですがまさにそれを実感させてくれる映画でした。誰だか思い出せないので締まりがないですねコレ。

図書館という場所はまさしく自分の知らない世界を知ることができる知の殿堂だと思います…と考えながら、ふと最近観劇したとある朗読劇を思い出しました。

Mr.Prisonerという山寺宏一氏、林原めぐみ女史、上川隆也氏というちょっと引くくらい素晴らしい面々が出演されていた舞台なのですが、その中で「学問は世界を理解するためにある。科学や文学や数学、音楽に詩…すべてはその真理を模索するための道具なのです。」というセリフがありました。このセリフを山寺宏一氏が朗読するときの言葉と声の美しさったらもう…って話は置いておいて、図書館の活動の本質はこの真理を模索するための手段を提供することなのかな、と思いました。情報インフラの躍進から置いて行かれる人を減らし、書物やインターネットから学びコミュニティへの参加や舞台鑑賞で見識を広めていく。そうして人々の知性を深めていけば、自然と社会全体のレベルを上がりものの見方や考え方が高度な領域へと変わっていく。そうやって社会全体へと貢献することこそが図書館の公共活動の本質であり、存在意義なのかも…などと思うものであります。 

ここ最近中東の民族の問題や東西ドイツ社会主義についての映画を見る機会があり、また選挙が近いこともあったりで自分の知識の無さ、見識の浅さを実感することも多く、知性を磨く必要を実感する身としては色々と考えさせられる映画でした。

 

人生で初めてドキュメンタリー映画に興味を持ったのがこの作品で本当に良かったと思います。これから公開する地域もありますので皆様是非是非に…といったところでまたそのうち。

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